学術とは?バーチャル学会における位置付け

もくじ

1.はじめに

1.はじめに

6.おわりに

6.おわりに

7.謝辞

7.謝辞

メイン執筆者(1,2,4,5,6,7章):にしあかね(誰彼人)
メイン執筆者(3章):faruco10032
サブ執筆者(2.7節, 8.2節):Lcamu
サブ執筆者(8.3.2節):オザキサン
最終更新日:2024年7月25日

1.はじめに

 バーチャル学会には職業として学術活動に関わっている参加者(例えば大学院生や職業研究者)だけではなく、普段は学術活動に関わることが少ない一般市民が多く参加している。またバーチャル学会は対象とする分野を限定していないため、多様な分野からの参加者が発表をしており、そこにはあたかも方言のような分野間の慣習の差異が存在する。
 そのことを踏まえ、バーチャル学会における「学術」の位置づけを一度整理しそれを言語化することで、多様な方向性の参加者をバーチャル学会で受容できる体制の基盤としたい。
 なお一言に「学術」といっても、学術に括られる活動は多岐にわたり、さらに分野によりそれらについての考え方は異なるため、万人に受け入れられる一般論の定義は難しい。あくまで、現在のバーチャル学会における考えであり、さらにこれは固定的なものではなく「それに収まらない考え方」が現れるたびに変更されうる流動的なものであることをご承知頂きたい。

2.学術活動について

 ここでは学術に関連する概念について、バーチャル学会における定義やその意義についてまとめる。

2.1.学術(研究)

 文部科学省のウェブページ(※正確には日本学術振興会に設置された会議体の報告書)には、学術とは「研究者の知的探究心や自由な発想に基づき自主的・自律的に展開される知的創造活動(学術研究)とその所産としての知識・方法の体系」とある。

 バーチャル学会ではもう少し単純に、誰かが自身の知的好奇心あるいは使命感等に従って何かを明らかにする活動を「学術研究」とし、その活動の結果得られた知の集まりを「学術」と説明している。

 この学術に関連する活動として、明らかに学術研究そのもの(研究)があるが、それ以外にも、例えば得られた知を外部に発信する活動(公表)、専門知識等を教授する活動(教育)、資料等を収集し後世に残しつつ研究教育のために活用できる状態を維持する活動(博物館・図書館などにおける活動)などを含めた活動全般を「学術活動」と呼ぶ。

 文部科学省のウェブページには学術の意義として「人類の知的認識領域の拡大」が挙げられている。つまり学術研究により新たな知が得られることで、個人の知的好奇心が満たされることを超えて人類共有の知的財産が拡大するといえる。さらに学術活動の中でも、いくつかの性質が満たされるように整備された手続きのもと知を得る活動である狭義※の「科学」やそれに限らぬより一般的な意味での「科学」、実用化された知といえる「科学技術」は人類社会に多くの影響を及ぼしてきた(付録7.1を参照)。バーチャル学会もその意義に同意する。

該当の文章は「日本学術振興会の将来ビジョン検討会 報告」は日本学術振興会が2012年4月に設置した「日本学術振興会の将来ビジョン検討会」において取りまとめられ、2012年7月13日に振興会へ提出したものであるため、文部科学省の見解ではない。

※科学の定義は難しいが、例えば仮説をたててそれを検証するという「手続き」に基づくようなもの以外に、事実の収集など、そもそも仮説を探す段階も含めるのであれば、そこに整備された手続きがあるといい切れるかについては議論の余地があるだろう。しかし、そういったものも含めて一般に学術活動(研究)であり、学会で議論することであり、少なくともバーチャル学会ではそういった内容(所謂、自然科学的なカテゴリーには入らない分野の研究)の発表も受け入れている。

2.2.学会

 日本学術会議のウェブページには、学会について「専門性の高い科学者が集まり学術交流する場」とある。これに対してバーチャル学会はもう少し敷居を低く設定し、学術活動に関わる人たちが集まり交流する場を学会であると考えている。なお、日本における主要な学会としては日本学術会議による日本学術会議協力学術研究団体が挙げられるが、そこでは学術団体の主な働きとしては「学術の研究発表及び議論」「機関誌の発行」を挙げている。バーチャル学会は独自の機関誌を発行してはいないが、年に1回の学会大会を開催し、そこでの発表をまとめた概要集をオンラインで発行している。

2.3.公表

 学術研究により得られた結果は研究者個人、あるいは研究グループの中に留まっており、それを人類共有の知的財産にするためには、それを何かしらの形で公表する必要がある。得られた結果を公表する主な形態としては「学会発表」「論文発表(後述)」が挙げられる。

 学会では学術研究に関する情報共有や議論のための大会が開催されることが多い(学会の大会自体を「学会」と呼ぶことも多い)。この学会(大会)では研究者が自身の研究により得た結果を発表し、情報公開すると共に、しばしばそれについて議論が交わされる。

 このように公表は他者とのコミュニケーションを必ず伴うため、研究で得られた雑多な情報を、それが得られたプロセスを含め他者に分かりやすく伝えるために整理することが必要となる。発表された研究は、基本的に関連性が高い研究者による批評を受けることになり、その批評をもとに研究が進展する。以上のように、研究者コミュニティで共有された複数の知見がお互いを刺激し合いながら理解を促進し、時に新たな研究を生みだしつつ、人類の知的財産を増大させていくことになる。なお、「人類の知的認識領域の拡大」という観点から、他者とのコミュニケーションは学会(大会)の参加者だけに留まらず、外部の研究者や時間を同じくしない将来の研究者との間にも生じることが重要である。そのため、公表された研究成果は後述の「論文」などの形式でアーカイブされ、時間や場所に縛られずに参照可能となることが望ましい。

 バーチャル学会は機関誌を発行せず、学会(大会)開催のみを行う学会である。分野や立場を限定せずに誰でも発表できる場をソーシャルVR環境内に提供することで、様々な研究者が自身の研究成果を公表する活動を助け、更にその内容を国立研究開発法人科学技術振興機構 (JST) が運営する電子ジャーナルプラットフォームである「J-STAGE」等にアーカイブし、公表された研究を基盤として新たな研究を行えるようにすることが、バーチャル学会の主要な意義の一つである。

2.4.論文

 学術研究の発表の重要な形態の一つとして論文がある。論文とは研究で得られた結果やそこからわかったことを研究のプロセスも含めて報告する文章のことで、分野によって異なるが、ある一定の規則に基づいて構成されることが多い。

 論文には様々な形態があるが、学会や出版社による学術雑誌に評価(査読のこと、後述)を経て掲載されることで公表されたものが、信頼に足る「論文」と見なされることが多い。

2.5.評価

 文部科学省のウェブページには「学術研究は人文・社会科学、自然科学のあらゆる学問分野にわたるものであり、その目的、性格、規模、方法等が極めて多様である」とある。このような多様性より、学術研究の評価は近い専門性を持つ研究者間の相互評価に基づき行われてきた。最も単純な評価は学会発表における発表者への批評がそれにあたるが、研究者コミュニティでは「査読(ピアレビュー)」と呼ばれるシステムが古くから利用されてきた。

 例えば、学術雑誌への掲載を希望する研究者がいたとき、研究分野が近い研究者達が投稿論文の審査(査読)を行い、掲載の可否についての評価を行う。これにより、質が高い論文が学術雑誌に掲載されやすくなることを通して、学術雑誌の質が担保されると同時に、そこに掲載された論文の質もある程度保証されると期待される。

 同様に、学会発表を希望する研究者が準備した原稿を査読し、発表の可否を審査することもある。この場合、学会の講演要旨に原稿が掲載され、学会発表を許されたこと自体が、研究の質の担保と見なされ、要旨集(Proceedings,抄録集などとも呼ばれる)に掲載された原稿が査読付き論文に掲載された論文と似た意味を持つことがある。特に学術雑誌における査読と同様に、学会での発表を聴講しなくても原稿のみで研究内容を網羅した原稿について、その内容すべてについて査読が行われる場合、全文査読と呼ばれることもある。なお、査読において高く評価されなかった研究が後年になり再評価される事例は多く、長期間を経て波及効果が現れる研究などの評価の難しさを物語っている。

 バーチャル学会では発表対象となる分野を限定していないため発表内容の評価が難しいことを踏まえ、査読は実施していない。ただし、発表要旨を投稿する際に具体的なフォーマットを指定してテンプレートを配布するなど、学術活動に馴染みのない発表者でも、研究者コミュニティに受け入れられやすくアーカイブとして実績のあるフォーマットに沿った原稿を作成できるようなサポートを行っている。さらに、学会開催後に発表要旨をJ-STAGEにアーカイブすることで、バーチャル学会で発表した研究の記録を残し、それに基づく新たな研究を行えるシステムを構築している。

2.6.引用

 2007年度の科学技術白書第1章第2節)には「かつてニュートンは『もし私が少しばかり遠くを見たとしたら、それは巨人の肩に立ったからだ』と言った。人類は先人の築いた知識に新たな知見を加え、それを体系的な理論に整理して科学を発展させてきた。」とある。学術は既存の知見を基盤として行われ、そうして得られた成果をさらなる基盤として新たな研究が行われる、という繰り返しにより発展してきた。そのため、研究において過去に行われてきた研究の蓄積と、自分の行った研究との関連性を明示する、という慣行がある。これは先人へ敬意を払うという意味だけではなく、これまでの学術的な知見に基づいた自説の位置づけを明らかにし、自説を補強、あるいは自説の新規性を主張するために先行研究を紹介するという意味を持つ。

 また、別の側面では、論文などの出版物は著作物であるため、その内容を紹介する場合は一定の規則に従い、それを「引用」するという形をとる必要があるという考え方もある。例えば、文化庁のウェブページ(該当ページは現在アクセス不可、応用物理学会のQ&Aにも同様の情報の記載がある)には、論文中で自身と意見の異なる研究者の論文の一節を引用し反論を試みたいがこの引用について著作権上の問題があるか。という質問に対して「法律に定められた要件を満たしていれば著作権者の了解なしに引用(ここでは自説を補強したり他人の意見に反論したりするために自分の論文の中に他の文章を掲載してそれを解説する場合)することができます。との回答と共に、この法律の要件について説明されている(※長文であるため全文は末尾に記載)。

 このように、引用には他者の研究を紹介することが自説を知の体系に位置づけるために必要であるため行われるという側面と、著作権の観点で必要とされるために行われる側面があり、多くの場合それらは混在しており明確に切り分けることが難しい部分もある。バーチャル学会でも前者の観点から引用を推奨しているが、多様な立場や分野からの発表があるため統一的な引用ルールは決めていない。しかしながら、バーチャル学会は法律的な意味での著作権侵害となる行為は認めておらず、後者の観点での引用は必ず行うことを求めている。

 なお、具体的な引用方法は分野により異なっているが、一般には文章中に引用する論文の情報を記載し、論文の末尾にリストの形で論文の詳細(掲載された雑誌名、発行年、著者、タイトルなど)を記載することが多い(例えば有名なフォーマットとしてAPAスタイルなどがある)。近年では製品やウェブページのURLを掲載するなど引用の方法は柔軟に変化している。

※(質問の全文)現在、研究論文を執筆中ですが、論文の中で私とは意見の異なる研究者の論文の一節を引用し、反論を試みたいと思っています。他人の論文の引用について著作権の問題はありますか。

※(回答の全文)「引用」とは、自説を補強したり他人の意見に反論したりするために自分の論文の中に他人の文章を掲載しそれを解説する場合のことをいいますが、法律に定められた要件を満たしていれば著作権者の了解なしに引用することができます(第32条)。 この法律の要件ですが、最高裁判決(パロディ写真事件第1次上告審 昭和55.3.28)を含む多数の判例によって実務的な判断基準が示されています。具体的には、[1]引用する資料等は既に公表されているものであること、[2]「公正な慣行」に合致すること、[3]報道、批評、研究などのための「正当な範囲内」であること、[4]引用部分とそれ以外の部分の「主従関係」が明確であること、[5]カギ括弧などにより「引用部分」が明確になっていること、[6]引用を行う必然性があること、[7]出所の明示が必要なこと(複製以外はその慣行があるとき)(第48条)の要件を満たすことが必要です(第32条第1項)。[2]と[3]の要件については、判例で明確になっており、少なくとも自分の著作物と他人の著作物が明瞭に区分されていること(引用部分の明確化)、自分の著作物が主体であり、引用する他人の著作物は従たる存在であること(主従関係)、引用しなければいけない相当の理由があること(必然性)などが必要です。 なお、近年の判例では、これらの判断基準によらず、引用する目的、引用の方法・態様、著作権者に及ぼす影響の程度等を総合的に考慮した上で判断しているものもあります。

2.7.知的財産

 学会や論文では新しい発見やアイディアが発表されることがあるが、それらについての権利を個人や法人としての※「知的財産」として保護したくなる場合があり得る。特許庁のウェブページでは「財産的価値を有する情報」を知的財産の特徴として挙げており、それを創作した人の財産として保護するための制度として知的財産制度を説明している。情報は、容易に模倣されるという性質と、利用されても消費されないという性質を併せ持つ。このため、特に新規かつ高度で産業上利用可能な発明について、それが無条件に模倣されてしまう環境では、新しい発明が行われなくなったり、あるいは発明者が情報を秘匿し産業が停滞する可能性がある。そこで、一定の条件をクリアした発明者に対して、一定期間、成果に対する独占権を与える制度が存在しており、特に「自然法則を利用した、新規かつ高度で産業上利用可能な発明」を対象とする制度を「特許」という(付録8.2も参照)。また、特許法上の発明には該当しないものの「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当する考案(いわゆる、小発明)を「実用新案」という。なお、ここで独占権が与えられる期間が設定されているのは、発明者に対して永久に独占権を与えてしまうと、過去の発明を利用することが難しくなってしまい、結果的に産業の発展が阻害されるからである。

 バーチャル学会における特許制度上の注意点としては、日本の特許制度においては、特許出願より前に公開された発明は原則として特許を受けることはできないことが挙げられる。そのため、出願前に学会発表や論文発表で内容を公表してしまうと(電子的な公開を含む)、後日特許出願しても新規性がないため特許を取得することはできない※。 バーチャル学会としては、特許申請を検討している方は学会発表前に申請を行うことを強く推奨する。

※ここでいう「知的財産」は、これまで述べてきた「人類の知的認識領域の拡大により産み出される人類全体にとっての知的財産」とは異なる意味での用語である。

※日本における特許法において、発明の新規性喪失の例外規定(特許法第30条)が存在するが、バーチャル学会は該当の研究が上記例外規定の対象にならなかった場合について責任は負わない。また仮に新規性喪失の例外に該当する場合でも、企業との共同研究における営業秘密の漏洩に当たるか、欧州など国外の制度に対しても新規性喪失の例外となるのか、正しく所定の申請手続きを行っているかなど、本制度を使用する場合には多くの注意事項が存在するので、バーチャル学会での発表が知的財産に関連する可能性がある場合、発表者は十分に注意をして不利益が生じないようにしてほしい。

2.8.研究倫理

 学術研究は研究者ごとの知的好奇心等に基づき自由に行われることが重要であるため、研究者の自主性や多様性の尊重が重要であると指摘され、学術に関することを研究者のコミュニティが自治的に決定することについての一定の理解が共有されている。そのため、研究者コミュニティにおいて研究者という属性が満たすべき一定の規範が自主的に守られていることが期待される。

 例えば、極端な例として、研究論文に悪意を持って嘘を記載して発表することは、犯罪に問われないとしても、倫理的に問題があると考えられる。なぜならば、発表された事実が嘘であると知らない別の研究者が、その論文を基盤とした別の研究をすれば、それもまた誤った結論を得ることに繋がりうるからである。本来、研究が好奇心に基づき行われることを踏まえると、上記のような論文を発表することは何の得にもならないはずだが、実際は様々な理由で、このような問題が何度も起こっている。また、このような研究における公正性の観点とは異なる観点で、研究の過程で被験者等の人権侵害を防止する必要性についても意識されるようになっている。

 以上を踏まえ、近年では上記の規範が、研究者が持つべき倫理観、あるいは遵守すべき規則という形でガイドライン化され、その遵守が研究機関等で求められることが多い。これを「研究倫理」と呼ぶ。

 バーチャル学会には様々な立場の研究者が参加しており、例えば大学等公的機関に所属はしておらず公的資金で研究は行っていないような在野の研究者も多く含まれる。そのため、一律に研究倫理に関する規則を設定することは現実に則さないと判断し、明確な規則等は設けていない。しかしながら、バーチャル学会としては研究者コミュニティにおける文化に馴染みがない参加者が関わる摩擦を緩衝することは必要であると考えており、研究者コミュニティにおける規範やその根底にある考え方を現実的な形で参加者に共有して行きたいと考えている(付録8.3を参照)。

3.バーチャル世界について

 バーチャル学会はバーチャル空間で行う学会であるため、バーチャル世界における立ち位置を明示することは重要であろう。特に、バーチャル学会の参加者にはバーチャル世界の住人ではない一般的な学術コミュニティの住人も多く参加することを踏まえ、以下でバーチャル世界についての基本的な知見を共有する。

3.1.バーチャル学会の目指す電脳世界

 ソーシャルVRプラットフォーム(以下VRSNS)やメタバース、サイバースペースといった情報通信技術によりアクセス可能なオンライン空間の活用が広がっている。バーチャル学会ではこのような空間が発展した先にある世界を「電脳世界」と呼称し、その世界の実現を目指している。「電脳」とは中国語でコンピュータを指す言葉で、SF作品では「電脳コイル」のタイトルや「攻殻機動隊」において電脳化という概念で用いられており、現在のオンライン空間の発展形として捉えることができる。バーチャル学会は特に攻殻機動隊における電脳化に強い影響を受け、ネットワークにより接続された概念的な情報空間を電脳空間と呼ぶ。またこの電脳空間において人々が社会性を有している状態を指して電脳世界と呼ぶ。VRSNSは徐々に電脳世界に近づきつつあり、バーチャル学会はVRSNSの住人の一員としてその動きを促進する。

3.2.バーチャル学会とVRSNSの現状

 バーチャル学会における学術活動を理解するためには既存VRSNSの現状とバーチャル学会との関係を理解する必要がある。バーチャル学会は代表であるふぁるこが2018年10月に構想し、運営メンバー募集の後2019年9月より活動を開始した。この際、すでにVRSNSユーザーコミュニティにおいて学術活動を行っていたVRアカデミアにてメンバー募集として議論を重ねたことが土台となっており、VRSNSにおける学術活動の振興と、電脳世界の実現のためVRSNSにおける文化振興を担うことが大きな活動指針となった。したがってバーチャル学会はVRSNSユーザーの需要や特性に合わせた開催形式、理念を有している。

 バーチャル学会の指すVRSNSの定義は以下のとおりである。

  • オンラインにより接続可能であること
  • 三次元空間性を備えていること
  • 心身と高い接続性を有するアバタコミュニケーションが行えること

なお、ここではバーチャル学会が重視する機能について言及しているが、デスクトップモードやスマートフォンを用いた参加者の存在も認識しており、そのようなユーザーも文化振興に貢献していることは言わずもがなである。

3.3.VRSNSにおける社会性

 VRSNSの特徴として人々が交流し、社会を構築している点が挙げられる。例えばVRChatcluster等は多くの人々が日夜交流し、個人開発者のみならず法人も含めてコンテンツ制作を行っている。またそこに集まる人々が交流の結果コミュニティを形成し、さらに新たな文化やコンテンツを生み出すことで新たなユーザーを獲得するという循環が生じている。このように多様な人々が参加することで新たなVRSNSの活用方法が提案されるなど発展を支えている。また、HMD(Head mounted display)やアバターを介した存在感(presence)の影響により他社の存在が強力に意識されることは、従来のインターネットコミュニティより発展した、強固な社会性の形成を支えていると考えられる。このようにユーザーの獲得とコンテンツの増加が相互に行われることで発展が加速する点が現在のVRSNSの特徴であり、一部のアーリーアクセスのものであったVRSNSがアーリーマジョリティに届くようになるにはそう遠くないことであろう。それに伴い物理世界におけるプロの参入やそれに伴う新たなユーザー層へのアプローチにつながっていく。

3.4.VRSNSにおける学術活動

 VRSNSにおける社会性が実在する人々によるものである以上、物理世界におけるあらゆる文化活動もVRSNS上にて再構成されうる。特に物質的制約に依存しない「知識」という点からは、学術活動はVRSNS上にて十分再構築可能である。これまでのVRSNSコミュニティにおける文化活動は自然発生的に生じており、計画的な行動よりもその場の人々の熱狂によるものが支配的である。学術活動に関しても同様で、すでにVRアカデミア理系集会と言ったユーザー独自の学術活動がなされている。このような活動と関連して、東京大学にメタバース工学部が設立されるほか、講義にてVRSNSを活用する、授業にHMDを用いた体験学習が導入されるなど学術教育の現場においてもVRSNSが普及し始めている。さらに現在はこのような瞬間的な盛り上がりからどのようなことが学べるか、VRSNSの機能と文化の特性を把握した上で体系化した知見として整理される段階になりつつある。

 このようにVRSNSにおける学術活動を行う上で重要なことは、VRSNSを一度限りのツールとして使うのではなく、VRSNSにおける文化活動となるように成長させることである。VRSNSに社会性があることはこれまでにも述べた通りであり、ユーザーの質、規模が広がることで社会性が発展することも述べた。社会が生じることで文化が生まれ、文化活動として根付くことで活動の安定化や質、規模の拡大が可能となる。したがって、継続的に活動することで学術活動の持続可能性や知見の積み重ねができ、文化となる。そして文化は広がり、バーチャル学会を通して参加者や発表者が学術活動を行う循環を生み出すことに繋がると考えている。バーチャル学会においては以降の章にて詳しく紹介するが、持続的な学術活動を支えるため、論文形式の記録とVRワールドの開発を軸にユーザーが発表しやすい環境の構築とその成果を学術活動として記録している。

 バーチャル学会は先に述べた電脳世界の実現のため、人類の文化活動の一つである学術という観点から文化醸造のためのシンボルとなるべく現在のVRSNSに根付いた活動形式と、学術活動としての形式を押さえた橋渡しとなることを役割としている。

4. バーチャル学会の取り組みと貢献

 ここまでバーチャル学会の学術とバーチャル世界に関する基本的な考え方について述べた。ここからバーチャル学会の具体的な取り組みを紹介することを通して、バーチャル学会が研究者コミュニティ、さらに学術に対してどのような貢献をしているかについて説明する。

4.1.バーチャル学会

 バーチャル学会はVR空間での学術活動を通じてVR空間での価値創造をアカデミックな側面から促進する取り組みで、2019年から始まった。VR空間、ひいては電脳世界での交流は技術の発展に伴い、ますます便利なものになると予想されるが、その世界をより豊かなものにするためには、その世界に暮らす人々による社会・経済活動が促進されることが必要である。バーチャル学会はそのような世界を目指すため学術という面から電脳世界の実現に貢献することを目的としている。

4.2.学会大会(VCONF)の開催

 バーチャル学会の最も重要な活動は、年一回のペースで学会大会(以降、学会)を開催することである。そこでは発表者を広く募集し、自由な発表テーマをVR空間内で発表する。なお、発表テーマとして許容される条件は「学術的な考察」が行われていることで、バーチャル学会における「学術的な考察」の定義は「自分の取り組みをプロセス含め他者にもわかりやすく記し、その結果と結果からわかったことをまとめること」としている。また、学会では一般公募した発表以外にも、基調講演、オーガナイズドセッション、デモツアーなど、運営委員会が企画したセッションも合わせて行われる。

 この学会は、バーチャル学会の目的である電脳世界を豊かにすることを実現するべく開催されているが、それに限らない波及効果が期待できる。まず、大学院生や職業研究者などの学術活動と日常的な関わりを持たない在野の研究者が自身の研究成果を発表できる。そこでは研究者コミュニティの文化に馴染みが薄い立場でも、大学院生や職業研究者などが行っている研究を体験することができて、その成果へのフィードバックを得ることができる。これは、学術の民主化という視点で重要である。次に、分野を限定せずに発表を募集しているため、広く学際的な交流が期待できる。参加料無料、オンライン開催、アバターコミュニケーションという参加ハードルの低さも、これらの利点との噛み合わせが良い。

 なお、バーチャル学会ではVRSNS関連のデモや実験が多く展示・発表されており、そういった内容をより正しく受け止め評価できるVRSNSユーザーらが多く参加している点が、他の物理世界で行われる学会と比較したときにバーチャル学会が持つ優位性の一つである。

4.3.研究成果のアーカイブ

 バーチャル学会は、学会開催後に発表要旨をJ-STAGE上に公開している。これにより、学会で公表された研究成果に一意な識別子(DOI)が付与され、後続の研究がこれらを引用しやすくなる。

 このような研究成果の統一的なアーカイブにより、人類全体の知的認識領域の拡大に加え、引用を基盤とする研究発展の動態の中に組み入れることができる。さらに、バーチャル学会はハンドルネームでの発表が可能であるため、戸籍上の氏名を一般に公開せずに個人情報を保護した状態で学術活動に参加することができる。これもまた「学術の民主化」観点から見た時に、重要な意味を持つ(これは本名での参加を退けるものではなく、発表者が望む名義での学術活動ができるという意味である)。

4.4.学術活動の再構成

 現在の学術活動は過去の研究者たちによる試行錯誤の結果として成立しており、それ故に多機能化・複雑化の一途を辿っている。バーチャル学会は元々、物理世界で行われていた学会がVR空間で実施可能か検証するために行われた。そのため、バーチャル学会は既存の学術活動がもつ機能の中から、本質的要素を抜き出しVR空間に実装する、という過程を踏んでおり、学術活動のもつ役割を問い直し、再構成する取り組みとして適している。本コンテンツのように、バーチャル学会にとっての学術活動を言語化し、それを実践していくことで、学術の再構成が期待される。

4.5.学術活動の民主化

 学術は人類社会の将来の発展をもたらす源泉である。しかしながら、社会において、しばしば学術的概念と社会通念が摩擦を起こすケースが散見され、ときおり重大な社会問題に発展する。文部科学省のウェブページにおいて「科学技術が社会全体にとって望ましい方向で発展していくためには、科学技術自体や研究者等の活動が国民に正しく理解され、信頼され、支持されることが不可欠である」とあり、学術活動やそのアウトプットを研究者コミュニティに留まらせることなく、広く一般市民の興味や関心を高め、それを身近な存在として認識してもらうこと(学術の民主化)が必要とされている。バーチャル学会も同様に学術活動における成果を広く市民と共有し、学術活動そのものを受け入れてもらうことが電脳世界の実現のため重要だと考えている。

 多くの市民を含めた在野の研究者らが参加し、職業研究者らと交流するバーチャル学会は、この学術の民主化の具体的な形の一つであり、さらに双方向的な対話を通じて研究者らの行う学術活動を市民に共有するほか、市民のニーズを研究者に共有する双方向のアウトリーチ活動の一つともいえる。

4.6.バーチャル世界の評価

 バーチャル学会の取り組みは、物理世界における活動をVR空間に実装するという意味で社会実験的な取り組みであると言える。それは「バーチャル世界で現状実現できていないこと」を明らかにすることにのみならず「バーチャル世界だからこそ可能なこと」を浮き彫りにする。

 例えば、バーチャル学会ではVR技術やVRSNS環境を利用することで実現可能なデモや実験が多く発表されており、そのような研究者目線で見たときのバーチャル世界の優位性が可視化されている。さらに、学会開催や運営自体がバーチャル世界で行われている事実は、今後、人類の活動領域がバーチャル世界に拡大していくにあたっての興味深いテストケースであると言える。

5.バーチャル学会における論文

 バーチャル学会では機関誌を発行していないため、所謂雑誌に掲載される査読付き論文は存在しない。しかしながら、バーチャル学会で研究発表する場合、一定のフォーマットに則った要旨を提出することが義務付けられており、学会終了後にその要旨はJ-STAGEで広く公開される。そのことから、バーチャル学会ではこの要旨を(査読なし)論文と位置づける。本章では、この論文の意義や執筆にあたっての注意事項等を説明する。

5.1.論文提出を義務付ける理由

 バーチャル学会でポスター発表する場合、ポスターと要旨(以下、論文)提出が義務付けられる。研究内容を説明するポスターとは別に論文の提出が必要となる理由は、ポスターと論文では表現できる情報量が異なるからである。ポスターは短時間で研究の概要を説明するために最適化されたフォーマットであるため、研究の詳細は省かれる傾向にある。さらに、発表者自身による説明を伴うことが多いため、それも掲載される情報の削減につながる。また、VR空間では視認できる最低限の解像度が物理世界より低いため、ポスターに含めることができる情報量は物理世界のポスターより更に低下する。

 一方、論文はページ制限はあるが、一定の規則に基づき研究の全容が記載され、さらに読み手も時間の制限無しでゆっくり内容を読み込むことができるため、研究の詳細を説明する媒体としてはポスターより優れている。

 また、研究分野によっては第三者が同じ手法を使って同じ結論が得られること(追試)を担保する必要があるとされることもある。それを踏まえ、バーチャル学会では詳細な情報量を含めることができる論文をJ-STAGEにアーカイブする。

5.2.論文のフォーマット

 バーチャル学会では論文のテンプレートを配布し、それに基づく論文の執筆を要請している(参考:バーチャル学会2023におけるテンプレート)。これは、論文としての体裁を学会全体として整えると共に、学術的な文章の執筆に慣れていない参加者にも一定のフォーマットに沿った文章を執筆する機会として欲しいからである。ここでは、バーチャル学会における論文フォーマットについて解説する。なお、規則の詳細については最新のテンプレートを確認して頂きたい。

5.2.1.著者情報

 バーチャル学会では、ハンドルネームを利用した発表が許可されている。しかしながら、発表者(責任著者)は自身の研究内容についての説明責任がある。そのため、研究内容についての問い合わせ等を受け付けることができる連絡先の記載は必須である。

 また、論文に連名された共著者もまた、研究内容についての責任を担う。当然、共著者として連名されることについて本人の承諾は必須である。例えば、研究内容に関わりのない著者を共著者としたり(ギフトオーサーシップ)、本来であれば共著者とされるべき著者を共著者に含めないことは(ゴーストオーサーシップ)は、研究者の貢献を不透明にし学術全体の信頼を損なうことに繋がる研究倫理上問題がある行為とされるため、注意が必要である。

5.2.2.概要

 ポスターと論文の説明で述べたように、論文は短時間で研究概要を把握するには情報量が多いため、まずそれが自身の知りたい情報に関連するのかという判断を下すには適していない。また、分量が多い文章を読む場合、全体像を知ってから取り掛かったほうが理解が早い。それを踏まえ、詳細を記載する前に研究の全体像を説明することが一般的であり、これが概要(アブストラクト)に相当する。以上の理由により、概要には細かい詳細は記載せず、全体像を短時間で把握できるように書く必要がある。

5.2.3.緒言

 いわゆるイントロダクションに相当する。本人にとっては必然だとしても、読者にはその研究を行う理由や意義が非自明であることが一般的である。また、ほとんどの研究には先人が存在し、その先行研究との関係性を述べることが、研究の位置づけと意義、新規性を主張するために必要となる。以上を踏まえ、緒言で研究の目的や研究の系譜を読者に分かりやすく説明することで、研究の意義を示して欲しい。

5.2.4.研究方法

 自分の取り組みにおけるプロセスの部分を説明する。仮に、二つの研究で同じ結果が得られたとしても、それらの研究方法が異なればその意味も違ってくる。このように、得られた事実の前提条件を(著者が把握する範囲で)明らかにするという意味で、研究方法を詳細に説明することは重要である。

 特に、著者が研究を通して世界に存在するある種の法則性を明らかにすることを期待している場合、近い条件で、他者が同じ研究(これを追試という)を行った場合に、同様の結論が得られることが要求される。このような場合、研究を第三者が追試できるように著者が行った研究の方法等を可能な限り詳細に説明する必要がある。

5.2.5.結果

 研究により得られた結果を可能な限り客観的に示す。ここでは、あくまで事実を記し、著者の解釈や事実からの推論等は考察にまとめることが一般的である。

5.2.6. 考察

 結果で示した事実をもとに、その解釈やそこでの因果関係などについて議論する。そこでは、今回の研究から得られた結論とそれまでに既に知られた知見を合わせることで、どのようなことが主張できるのか、といったことを議論することも多い。このように既存の研究成果を元にした議論を行う場合には先行研究を引用し、自身の研究成果と他者の研究成果の境界を明示する必要がある。

5.2.7.図表

 論文における主張を補強する図表を論文中に含むことができる。ただし、著作権侵害が生じないよう十分注意すること。

5.2.8.参考文献

 論文中で引用した文献等や、特筆すべき参考文献等がある場合、論文の末尾にそれらのリストを記載する。読者が引用された文献情報をもとに、原典に当たることができるよう、文献名だけではなく(例えば同名の文献があった場合どれだか分からなくなる)それ以外の詳細情報(詳細はテンプレート参照)も記載すること。

5.2.9.その他

 公的資金等から資金提供を受け、その公表が義務付けられている場合や、利益相反がある場合など、研究倫理上、情報公開が要請される場合は、その情報を論文中に記述する必要がある。また、著者には入るほどの貢献はないが、個別に感謝を伝えたい人を「謝辞」に含めることが研究者コミュニティにおける通例となっている。

6.おわりに

 以上をもってバーチャル学会の立場から考える「学術」と「バーチャル世界」に対する考え方を示した。繰り返しになるが、学術という言葉が含む範囲は広く、さらにバーチャル世界もこれからの技術発展に伴いまだまだ変化の可能性があるため、これらの考え方は今後変化する可能性がある。しかし、このような形で団体あるいはプロジェクトとしての基本的な考え方を明文化することには一定の意味があるだろう。本コンテンツが今後のバーチャル学会における活動の指針となること、またバーチャル学会の参加者に留まらず、学術活動に関わる多様な関係者らの活動の助けになることを願う。

7.謝辞

 本コンテンツを書くに当たり、バーチャル学会運営メンバーに様々な形で協力をして頂いた。特に、はこつき氏、hinoride氏、Gakuren氏、HiBiki氏には制作にあたり相談に乗って頂いた。また、バーチャル学会2023の参加者である、おうむどり氏、Kuroly氏、長谷川晶一氏、jumius(ゆみうす)氏、よーへん氏らから草稿への有益なコメントを多く頂いた。この場を借りて感謝する。

8.付録

8.1.科学について

 科学の定義を明確に述べることは難しい。例えば内閣府における基本計画専門調査会「科学技術・イノベーション創出の総合的な振興に向けた科学技術基本法等の在り方について」の第三回会合における資料では、科学を「最狭義の科学(自然科学)」「狭義の科学(事がらの間に客観的なきまりや原則を発見し、それらを体系化し、説明すること」「広義の科学(あらゆる学問を含む)」の三種類のカテゴリに分類し、狭義の科学の例として社会科学、広義の科学の例として人文学を配置している。また、同会議における資料には「科学は、広義にはあらゆる学問の領域を含むが、狭義の科学とは、とくに自然の事物、事象について観察、実験等の手法によって原理、法則を見いだすいわゆる自然科学及びそれに関わる技術をいい(尾身幸次)」とあり、基本的には広義の意味での科学はほぼ「学術」と同義の意味で使われているようである。もちろん、自然科学、社会科学、人文科学を明確に区切れるとは限らず、実際、上記資料では「近年自然科学的手法が浸透し、区別が困難に」という記載もある。

 繰り返しになるが、バーチャル学会は「学術的な考察を含む研究(自分の取り組みをプロセスを含め他の人にもわかりやすく記し、その結果と結果からわかったことをまとめた研究)」全般を受け入れており、これは上記の意味での「広義の科学(=学術全般)」とほぼ同義であり、「狭義の科学(=自然科学的な研究)」のみを受け入れている訳ではない。

 本来であれば、ここで「自然科学」「社会科学」「人文科学」それぞれについて説明を試みたいところではあるが、残念ながら筆者の力量に及ばないため、ここでは「いくつかの性質が満たされるように整備された手続きのもと知を得る活動」という若干、限定された範囲の科学に限定し、その具体的な性質の中でも重要性が高いと思われるものについて簡単に説明をしたい。ただし、バーチャル学会では「整備された手続き」が存在しない、より広義の研究も発表することができるので、以下の性質を満たしていなければ科学ではない、あるいはバーチャル学会で発表できない、というわけではないことをご留意頂きたい。

8.1.1.実証性、再現性、客観性

 文部科学省による小学校学習指導要領解説(理科)では、科学(これは暗黙に自然科学的な科学を想定している)の基本的な条件として「実証性」「再現性」「客観性」が挙げられている。ここで、実証性は考えられた仮説が観察・実験などにより検討することができるという条件。再現性は仮説を観察・実験などを通して実証するとき、人や時間や場所を変えて複数回行っても同一の実験条件下では、同一の結果が得られるという条件。客観性は実証性や再現性という条件を満足することにより、多くの人々によって承認され公認されるという条件と定義されている。

 バーチャル学会では、必ずしも研究が仮説の検証という形式をとっていることを求めていない。だが、もし研究が自然科学的な性質をもっている場合、実際に手を動かす前に、取り組みによりどんな結果が得られるのか、という予想があると(実際に得られた結果が予想通りになる必要はない)、研究の見通しが良くなると期待されるため、是非、試してみてほしい。また、自身の研究を過去の似た研究と比較することは、予想を立てる意味でも新旧の研究を評価する意味でも重要である。最後に、発表した結果を将来の研究者が追試したり、評価するためにも、研究手法はなるべく詳細に残すようにして欲しい。

8.1.2.理論とデータ、社会からの観点

 明治大学と信州大学の研究者らが開設したオンライン上の疑似科学に関する情報拠点サイト「Gijika.com(ギジカ.コム)」では、科学性の程度を過去の科学哲学や科学社会学的知見に基づき「理論の観点(どのような理論によって説明されているか)」「データの観点(どのようなデータによって裏づけられているか)」「理論とデータの双方からの観点」「社会的観点」から評定している。ここで定義された十項目はいずれも興味深いが、本稿では個別に取り上げることはせず、何点かバーチャル学会として重要性を認識している要素について述べる。

 まず、上記の十項目では、理論が既に知られた信頼性の高い科学的知見と整合しているのか、という点を「理論の体系性」という定義で評定し、さらに、過去にデータ収集・分析方法についての議論や、対抗理論との間での比較吟味が行われたか、という点を「議論の歴史性」という定義で評定しているが、これらは科学のもつある種の保守的な性質を反映していると解釈できる。確かに、科学は人類の理性を信じ、我々がこれまで知らなかったことを明らかにする営みであり、それはしばしば過去の常識を劇的に塗り替える。しかしながら、それは先人達が明らかにした事実の積み重ねやそこでの議論を乗り越えた上で到達される偉業である。雑な説明としては、我々が行うほとんどの研究は、先行研究の焼き直しや拡張の範囲に収まるため、それが過去得られた信頼性の高い知見と整合性を持つのか、ということは重要な評価指標である。バーチャル学会としては、論文における先行研究の引用を必須とはしていないが、是非、研究計画を立てる際や論文を執筆する際には、自身の得た研究成果が、過去から脈々と続く研究の蓄積の中のどこに在るのか、ということに興味をもってほしい。

 次に、上記の十項目では、データの再現性、データの客観性、データ収集の理論的妥当性、理論によるデータの予測性について定義されている。なお、ここでの客観性は無作為化対照試験などで主観的効果を排除した分析になっているか、という点に着目した定義である。バーチャル学会では発表分野に制限がないため、発表テーマにはデータを扱わない理論研究も含まれるが、データを扱う研究をする場合はデータ収集の妥当性・信頼性が重要である。この問題に踏み入ると、統計学などに関する話になってくるが、バーチャル学会の参加者は多様であり、一律に、その知見の共有を求めることは難しいと認識している。ただ、得られたデータがどのような性質を持っており、そこから何が言えるのか(主張したいことのために歪んだ議論をしていないか)といったことに十分注意を払い、誠意ある研究報告をして欲しい。

8.2.知的財産に関する補足

 本文中で触れた「知的財産」について一般論的な知見をここで補足する。

8.2.1. 補足情報

 特許出願においては、その発明に貢献した者全員が共同で出願する必要がある。特許法では発明を技術的思想の創作と定めており、発明に貢献した者とは、創作行為の実現に加担した者(着想を考えた者、および着想を具現化した者)のことを指す。例えば単なる補助者、助言者、資金の提供者、命令を下したものはこれに該当しない。発明者であるか判断する証拠の一つにラボノートがあり、ノートには着想と実現の両方を書いておくことが重要となる。なお、職務発明により乗じた特許について、その特許を受ける権利を、発明者が所属する企業や研究機関等に、譲渡もしくは共有する場合が多い(職務発明の詳細については特許法35条に規定されている)。このとき、発明者は相応の対価をうける権利を持つことになる。

 特許権に対する考え方は、組織の特許戦略により様々であり、例えば特許権を背景にしたロイヤリティを収益とする大学発ベンチャーもあれば、オープンクローズ戦略によりコア技術の内容を特許や論文として公開せずに秘匿する会社もある。

 特許権は、その技術を独占排他的に使用する権利であるので、権利者以外が自由に技術を使用できることに基づく発展を妨げる可能性がある。しかし特許として技術を公開することでノウハウの共有が起こり、該当する特許を改良した技術や、その特許を上手く回避するような派生技術が生まれることで技術の発展が促されるという側面もある。また実際の運用においては、特許権を行使することで得られる収益を、研究費の回収手段とする場合もある。ここで、独占権が与えられる期間が設定されているのは、発明者に対して永久に独占権を与えてしまうと、過去の発明を利用することが難しくなってしまい、結果的に産業の発展が阻害されるからである。

8.3.研究倫理に関する補足

 本文中で「研究倫理」について「明文化され、その遵守が研究機関等で求められることが多い研究者が持つべき倫理観、あるいは規則」と述べたが、その具体的な内容については多岐に渡るため具体的には触れなかった。例えば日本学術振興会(JST)が研究倫理教材等をウェブページで提供している。ここでは、研究活動に普段馴染みがない参加者に気をつけて欲しい項目をピックアップして何点か紹介する。

8.3.1. 研究公正に関して

 科学技術振興機構がまとめたパンフレットでは、研究活動における公正性の確保の重要性について述べられており、研究活動における不正行為について注意喚起されている。例えば、本文中で触れた虚偽の報告は「捏造」や「改ざん」というカテゴリに分類される不正行為とされる。

 また、研究活動における「引用」も研究倫理において重要な概念として位置づけられている。例えば、論文等の出版物を著作物として利用する場合は、出典を明記し、引用と認められる形で利用することが求められる。このことは、研究倫理の文脈で、適切な引用を行わなかった場合「盗用」というカテゴリに分類される不正行為と見なされる可能性があるということに繋がっている。

 もちろん誠実な研究行為のなかで起きたミスや学術上の解釈の問題については不正行為には当たらないが、研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったために生じた問題は、研究倫理上の不正行為とみなされる可能性があることは留意してほしい。

8.3.2.アンケート調査などを含むヒトを対象とした研究

 科学技術振興機構がまとめたパンフレットには「科学者は、自らが生み出す専門知識や技術の質を担保する責任を有し、さらに自らの専門知識、技術、経験を活かして、人類の健康と福祉、社会の安全と安寧、そして地球環境の持続性に貢献するという責任を有する。」という記載があり、特にヒトを対象とした研究は特に厳格な規範が求められている。

 歴史的には1964年に世界医師会(WMA)総会で採択された「ヒトを対象とする生物医学的研究に携わる医師のための勧告」​​(ヘルシンキ宣言)で表明され、これを元に研究機関等では規則や審査組織が整備されている。一般的に研究機関でヒトに関連する研究を行う場合は、事前に研究計画を提出し、承認された研究のみが実施されている。

 現状、バーチャル学会には様々な立場・背景を持つ研究者が参加しており、研究機関に所属していない在野の研究者も多く参加していることから、審査組織で研究計画が承認されたことを発表の必須条件とはしていない※。しかし、アンケート調査などを含むヒトを対象とした研究においては、発表者の責任の元で被験者の人権を尊重し、不利益が利益を上回ることのないように十分注意を払って研究を行うことをバーチャル学会としてお願いする。

※一応、倫理委員会が設置されていない組織に属する研究者の研究計画に対して有償で倫理審査を請け負う機関などが存在している。しかしながら、こういった機関では研究機関に所属しない個人の利用を想定していない場合が多いことや、バーチャル学会運営内部にこれらの機関を利用したことがあるメンバーがいないため、その紹介が適切であるかの判断ができないため、バーチャル学会としてはこれら機関の利用については研究者本人の判断に委ねることとする。

8.3.3.法令の遵守

 上記のヒトを対象と対象とした研究にとどまらず、例えば遺伝子組み換え生物の使用などの環境に影響を与える恐れのある研究や、危険物を扱う必要がある研究などについては、しばしば法令上の制限が課されている。バーチャル学会ではこれらの法令上の制限に違反した研究発表を行うことを禁止している。発表者は自身の研究に関連する法令等を熟知し、それを遵守するようお願いする。

8.3.4.利益相反

 利益相反とは、ある行為が一方の立場では利益になるが、他方の立場では不利益になるような状態を指すが、特に研究倫理においては、企業などとの利害関係が研究の公正性に影響を及ぼしうる状態を考慮する文脈で使われることが多い。厚生労働省のウェブページでは「利益相反」を「外部との経済的な利益関係等によって、公的研究で必要とされる公正かつ適正な判断が損なわれる、又は損なわれるのではないかと第三者から懸念が表明されかねない事態」と定義している。そこでは、具体例として「製薬会社Aの製品の副作用調査をしている研究者が、A社から他の研究に対して寄付をもらっている」場合が挙げられており、このようなときに、A社からの寄付についての情報を明示しない形で研究成果を発表することは研究倫理上の問題となる。なぜかというと、A社との利害関係についての情報の有無は、第三者による研究への評価に影響を及ぼしうるため、それを意図的に公表しないことは公正性に欠けるからである。

 ここで誤解を避けて欲しい点は、利益相反が生じること自体に問題があるわけではない点である。もし、利益相反が生じうる研究を全て排除することになった場合、所謂、産学連携で行われるほぼ全ての研究が実施できなくなってしまう。あくまで、研究にバイアスがかかる可能性がある要素に関する透明性の担保がその主眼である点に注意して欲しい。

 バーチャル学会では、提出する論文において、研究倫理上、公開することが要請される情報を論文中に記述することを求めている。同様に、ポスター・口頭発表においても、その情報の開示をお願いする。

8.3.5.研究者を萎縮させないために

 日本学術振興会が公開したテキストにある「科学の発展にとって,科学者の知的好奇心を大切にして,自由な環境で研究をのびのびと行うことが大変重要です。本書では,研究に関するさまざまな規制やルール,科学研究の倫理プログラムなどを科学者が学んでいくにあたって,それらが必要以上に研究上のしがらみとなり,科学者を萎縮させることにならないようにすることが特に重要だと考えています。」という一文の重要性をバーチャル学会は認識する。特に、普段、学術活動に携わることが少ない在野の研究者にとって、研究活動における慣習や法令に関する知識を要求する研究倫理は、研究活動を行う上でのハードルとなり、自由な活動を制約する側面があることは否めない。また「倫理」とは本来、何か明確な正解がありそれを遵守すれば良いという概念ではないため、現在「研究倫理」として扱われるある種ガイドライン化された規範の遵守を参加者に対して一律に求めることが本当に妥当であるのかについては一考の余地があると思う。バーチャル学会は運営にあたり発表者の多様な属性と背景を配慮し、必要以上の萎縮を招かないことを意識していきたい。研究活動を行うにあたって、その実施と発表にあたっての全責任を著者が負うことは大前提であるが、可能な限りバーチャル学会としても、その活動をサポートしたい。それを踏まえ、もし発表にあたり、研究倫理に関連する質問・相談等があれば、運営委員会まで連絡をして頂ければ幸いである。